キャリア開発史

アングル―――完全燃焼型の民間企業

民営化とは自己革新への挑戦である
 時代の流れは早い。目を凝らして見ると、多くの企業は消費者の一挙手一投足に注意を払いつつ、自社の商品戦略を大胆に細心に、そして柔軟に変更していることがわかる。
 さて当社である。直接に消費者と接する部門が少ないこと、そして消費動向に接する部門の声を吸収するシステムが十分でないことから、残念ながら当社の感度はきわめて鈍い。したがって疾走する時代への対応はうまいとは言えない。
 この遠因は「官」のセンスがビルトインされていることである。つまり、従来の当社の企業運営は、権益の管理がその主題であったからである。
 民営化は「民」のセンスへの転換がテーマである。管理体質から企画体質への転換が求められている。それは意欲、夢、理想などをエネルギーとした、事業創造に向けての自己革新への挑戦である。

「完全民営化」論議の実体
 社内には完全民営化に向けて組織もできムードは高まりつつある。しかしながら、CIプロジェクトの「JALCIニュース」に見るような、民営化で世の中が変わるといったイメージ論と、「おおぞら4月号」の民営化準備委員会の担当部長の座談会に見るような、淡々とした手続き論とに分裂しているのが現状である。民営化の本質と実態とのかい離は大きい。お祭りと実務の間に横たわる分野の豊かな論議を期待したいものである。

定款の変更だけでは多角化はできない
 今、世界は民営化ブームに沸いている。国営企業の民営化を推進しているのはアメリカ、イギリス、フランス、カナダ、西ドイツなどの欧米、そして航空企業においては、シンガポール、マレーシア、さらに中国民航の分割の動きがある。また国内では国鉄の分割民営化によるJRグループの誕生、電電公社のNTTへの変身などがあり、当社の民営化もこういった流れのなかにある。
 当社の民営化後の変化のうち、明確なものは社債の発行限度に対する日航法の特別措置の撤廃、役員人事に対する自主性の獲得、またもうひとつは定款の変更である。
 当社は、日航法により事業分野に大幅な制限をつけられていたが、全日空はどうか。ホテル、旅館、観光、スポーツ、不動産、航空機および付属品の売買、修理、賃貸など多岐にわたっている。
 当社も全日空の定款に含まれているものはもちろんのこと、さらに商社機能、文化事業、情報事業、宅配事業などを付加し、積極的に事業分野を拡大するチャンスである。
 しかしながら、定款を変更するだけで多角化が成就するものでもない。その定款を実行に移す経営土壌が必要であり、センスが必要であり、そして意欲が必要である。
 NTTは民営化後、関連会社は24社から一〇八社に増えている。その準備は進んでいるか。民営化後に考えるのでは遅すぎるのである。

社内の「官」部門の民営化が必要である
 現在の「完全民営化」についての社内の大方の理解は、管理部門が現場部門に対して、民営化の意義や厳しさを説くという構図になっている。
 これは逆ではないか。たしかに合理化は必要であるが、新しい条件のもとで企業の新機軸を切り開くカギは、現場ではなく管理部門にある。今まであった経営上の制約、自主規制、発想の萎縮構造の存在を取り除く時期である。企画能力の衰退した管理部門が自らに問うべき課題なのである。本社、そして管理職の民営化が必要である。
官庁流の仕事の方法がしみついた管理部門の、企業部門化が必要である。スタッフに求められる能力は、先見力、企画力、事業組織力であり、今後は管理者ではなく、事業家的センスを持ったスタッフを育成しなければなるまい。

減量経営から筋肉経営へ
 当社の人的資源管理は、採用を極力抑え自然減耗を待つ、そして既存の関連会社に人を送り込むと言うことを基本戦略としているように見える。その結果は、人員構成の高齢化と既存関連会社、および新規事業の非活性化である。
 しかし、今後は人員の質が企業の盛衰を決定する時代になる。ただ痩せているだけでは乗りきれない。身体中の筋肉を鍛え、パワーをつける時代になるであろう。
「人間が老けるのは、自らが老けるのを許容する場合が多い」(ニクソン元アメリカ大統領)のであるから、「どうせ」とか「しょせん」などという無力感を排除し、会社という生物体の筋肉を活性化させて、この難局、チャンスに果敢に挑戦したいものである。

女子社員の本格的な能力アップを
 男子社員の更なる能力アップは相当に努力を要するものであるが、女子社員については、まだまだ補助的な業務が主流であり、適切な課題を与えることができれば、能力アップは比較的実現性は高い。民営化後の人的資源のひとつは当社の3分の1を占める女子社員である。そのポイントは、女子社員の意識もさることながら適切なテーマを与えられるかどうかである。今後の管理職の条件はテーマ設定の能力であろう。

完全燃焼型の民間企業を目指せ
 当社の資源のひとつは、人材である。就職人気ナンバー1を続けた昭和45年から50年にかけての高度成長時代に採用した大量の優秀な世代がいる。日本航空の完全民営化は、人的資源の観点から見ると、絶妙のタイミングにある。これらの世代は30代後半の働き盛りである。完全民営化後の企業の中核となる、企画、開発部門、あるいは関連企業のリーダーなどは、これらの世代に任せることである。この筋肉世代を今活用しないと、優秀な素材変じて大量な無気力世代をつくってしまうことにもなる。
 今までの企業形態は半官半民の安定した企業というより、不完全燃焼を余儀なくされていた不完全民間企業と理 解すべきであろう。完全燃焼型の民間企業に生まれ変わろうではないか。
 最後に、フランスの故ドゴール大統領の言葉で締めくくることにしよう。
 「偉人たちは偉大たらんと決意する意志力により偉大になる」
 日本航空民営化の成否は「変わるだろう」という願望にではなく、「変えよう」という決意にかかっているのである。

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