November 1999
福祉とITで地域づくり
チャレンジド・ジャパン・フォーラム 第5回みやぎ会議
宮城県の21世紀戦略 知事の願いで誘致されたCJF
 2001年、21世紀最初の国体が宮城県で開催される。これまで身体障害者・知的障害者の2つに分かれていたスポーツ大会を統合した「第1回全国障害者スポーツ大会」も、同じ年に宮城県で開催される。そして、翌年に開催される日韓共催の「ワールドカップ」は、宮城県でも試合が行われる。
  宮城県は、2001年に行われる健常者・障害者の2つに分かれたスポーツ大会を「バリアフリー国体」の名の下に一緒に扱い、それに向けて整備されるバリアフリー環境の上に立って「ワールドカップ」を受け入れようという計画。この機会を捕えて、“バリアフリー宮城”を国内に続いて海外にまでPRしようと狙っている。そして、浅野知事はこの3つのスポーツ大会の成功に向けて、「日本一の福祉先進県」実現へのステップも加速させたい構えだ。
  今回のCJFは、その浅野知事が宮城県に誘致し、自ら実行委員長をやると宣言して準備を進めてきたものだ。プログラムを見ると、バリアフリー国体&ワールドカップに向けた取り組みについて担当者や関係者が語るセッションがまず目に止まった。
  同セッションは、「バリアフリー国体」のコンセプトについてブレーン的な役割を果たしている久恒啓一・宮城大学教授の司会進行で行われた。同氏は、「バリアフリー国体は、ハード面での社会資本整備に加えて『人的な社会資本』を整えるチャンス」と指摘し、パネリストに発言を求めた。
心のバリアフリーこそ新しい社会資本
責任者たちはそれに気づいている
ワールドカップの仙台会場のホームページ作成を依頼されている学生チームの代表・渡辺一馬さん(宮城大学事業構想学部3年)は、「ワールドカップの時、バリアフリーという言葉は、国体の時より広い意味を帯びて来ます。国境のバリア、文化のバリア、言葉のバリア。2002年には、そういったバリアも乗り越えなければなりません。
(中略)
このバリアフリー国体と銘打った国体とワールドカップが、宮城県で若者が街づくりとかボランティアに関わる接点になると思います」
  段差などの物理的なバリアの解消は大事だが、どれほどお金をかけてもゼロにはできない。最も大事なのは、自分とは異なる条件を持つために困難に直面する他者に対して、心を開ける人を増やすこと。つまり、心のバリアフリー。少なくとも責任者レベルでは、すでにそのことが理解されていると感じられるセッションだった。
NEW MEDIA Number194

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